阪急電鉄が、車内の中吊り広告をやめる。10月14日の発表によると、2027年4月4日の営業終了をもって、全線の営業車両で掲出を終える。子どもの頃から見慣れてきた、天井から下がるあの紙の広告が、あと半年ほどで阪急の車内から姿を消すことになる。
正直なところ、寂しい。ただ、阪急らしい判断だとも思う。
何が、いつ、どう変わるのか
発表の要点をまとめておく。
- 終了日:2027年4月4日の営業終了をもって終了
- 対象:阪急電鉄の全線を走る営業車両すべて
- 対象外:他社から乗り入れてくる車両
- 削減効果:2025年度の実績から試算して、年間約83万枚分の紙資源を削減
年間83万枚。毎月のように車内の広告が入れ替わっていた光景の裏で、それだけの印刷と掲出の作業が続いていたことになる。
なお、乗り入れ車両は対象外なので、直通してくる他社の電車では、しばらく中吊りを見かけることになりそうだ。
なぜ、やめる判断をしたのか
阪急は理由を二つ挙げている。
一つは、車内の過ごし方の変化だ。スマートフォンやデジタルメディアが当たり前になり、情報を得る手段は大きく変わった。そのなかで「もっと落ち着いた空間で移動したい」という声が高まっているという。中吊りをなくして、車内の見通しと開放感を高めるのが狙いだ。
もう一つは、環境への配慮。広告の制作に使う紙や印刷資材を大幅に減らせる。
どちらも筋の通った理由だと思う。ただ、一つ目のほうが阪急の本音に近いように感じる。阪急の車内は、マホガニー調の木目の壁にゴールデンオリーブの座席。外はおなじみのマルーン色。この組み合わせは、2022年度にグッドデザイン・ロングライフデザイン賞も受けている。内装の素材が木からアルミに変わっても、木目調だけは受け継いできた会社だ。
地元では「阪急が通っているのはお金持ちの街」という、都市伝説めいた話を耳にすることもあった。本当かどうかはともかく、そう言わせるだけの上品さが、あの車内にはあった。だからこそ、中吊りがなくなった後の車内は、さらに静かで、すっきりとした空間になるのだろうと想像できる。
中吊りは「見ていないようで見ていた」
それでも寂しさが残るのは、中吊りがただの情報ではなかったからだと思う。
週刊誌の見出し、季節のイベント、百貨店のセール、新しい商品の告知。吊り革につかまりながら、なんとなく目に入る。「このデザイン、おしゃれだな」「このコピー、うまいな」と感じた瞬間が、何度もあった。探しに行かなくても目に飛び込んでくる。それが紙の中吊りの強さだった。
スマートフォンの広告は、見る人の好みに合わせて絞り込まれていく。便利な反面、思いがけない出会いは減る。中吊りは、興味のなかった情報と偶然出会わせてくれる、数少ない場所の一つだったのかもしれない。
これからの車内広告は、どうあるべきか
中吊りがなくなっても、車内広告そのものが消えるわけではない。今回の発表では、代わりの広告については触れられていない。そのぶん、これからの形が問われることになる。
考えておきたい点は三つある。
- 空間を邪魔しないこと:落ち着いた車内という価値を壊さない量と配置にする
- 「偶然の出会い」を残すこと:検索では見つからない情報に触れられる場であり続ける
- デザインの質で勝負すること:枚数で目を引くのではなく、一枚の完成度で記憶に残す
広告が減るほど、残った一枚の価値は上がる。すっきりした車内だからこそ、目に入る広告は「景色の一部」として見られるようになる。そう考えると、これは広告にとって終わりではなく、作り手の腕が試される場面が増えるということでもあると思う。
2027年4月までは、まだ阪急の中吊りを見ることができる。残りの半年、いつもより少しだけ顔を上げて、天井の広告を眺めてみたい。
(広報担当)
