先週ぶりに乗った路線で、改札の形が変わっていて一瞬立ち止まった。そんな経験が、ここ数年でやけに増えた気がする。オフィスの中で進んでいたDXが、いつのまにか駅という物理空間まで出てきている。9月9日から東京メトロ北千住駅で始まる実証実験は、その象徴のような取り組みだ。
床に矢印が浮かぶ、シャープのプロジェクション技術
東京メトロが千代田線北千住駅のコンコースで始めるのは、空いている号車へ乗客を誘導する床面投影の実験だ。使われるのはシャープのプロジェクション技術「Omject」。東京メトロ、シャープ、レスターの3社が協力し、数カ月間かけて効果を検証する。
やっていることはシンプルで、床に矢印と案内文を映し出すだけ。空いている号車の方向には「そのまま直進」、混んでいる方向には「現在混雑中」と表示する。北千住駅ではすでにディスプレイでリアルタイムの混雑予測を出していたが、画面を見上げるのではなく、歩いている足元に情報を置いたという発想の転換が面白い。
混雑の判定はカメラの画像解析による人数カウントで行われる。撮影データは個人を特定できない人数情報にリアルタイムで変換され、保存も外部送信もされない設計になっている。ここをきちんと設計に織り込んでいる点は、屋外や公共空間で映像を扱う立場からすると素直に評価したい部分だ。
改札はもう「タッチする場所」ではない
改札まわりの変化はもっと速い。2026年3月25日から、関東の鉄道事業者11社局でクレジットカード等のタッチ決済による後払い乗車サービスの相互利用が始まった。東京メトロも2026年春から全線で対応している。券売機に並ばず、チャージ残高も気にせず、普段使いのカードやスマホをかざせば乗れる。横浜市営地下鉄は全40駅で対応済み、札幌市営地下鉄も2025年から全49駅で実証実験を続けている。
顔認証で先行しているのは大阪メトロだ。2025年3月25日にウォークスルー型の顔認証改札サービスを開始し、全134駅のうち130駅に顔認証改札機を設置している。アプリ「e METRO」で顔を登録し、購入したデジタル乗車券と紐づけておけば、何もかざさずに改札を通過できる仕組みで、2025年の日経優秀製品・サービス賞最優秀賞も受賞した。ここでも顔認証カメラの映像は録画もサーバー保存もしない運用になっている。
FeliCaはどこへ向かうのか
ではSuicaに代表される日本独自のFeliCaはどうなるのか。長らく世界最速級を誇ってきた技術だが、JR東日本は2025年から2028年度にかけて「Suicaリニューアル」と呼ぶ大規模な刷新を進めている。
柱は2つ。ひとつはセンターサーバー方式への移行で、カードの中に残高を持たせる仕組みから、サーバー側で処理する仕組みへと重心を移す。2万円の上限や、エリアをまたぐと使えないといった制約は、この構造から来ていた。もうひとつがUWB(超広帯域無線)を使ったウォークスルー改札で、2026年5月に開かれた「GATEWAY Tech TAKANAWA 2026」で実機が公開された。2027年春からは高輪ゲートウェイ・品川など品川エリアの5駅で検証が始まる予定だ。
注目したいのは、UWBはFeliCaを置き換えるものではないという点。既存のFeliCaに新しい通信方式を足し、QRコードや顔認証も組み合わせて、改札という関門を多様な手段で通せるようにしていく方向だ。Suicaは「カード」から「ID」へ性格を変えていく、と表現するのが近いと感じる。
便利さと引き換えに増える「適応」
こうして並べてみると、駅で起きていることは広告やサイネージの世界とよく似ている。情報を出す場所が、画面の中から現実の空間へ広がっていく。 床、改札、通路。これまで何も語らなかった場所が案内を始める。
一方で、利用者の側は覚えることが増える一方でもある。タッチ決済の対象事業者はどこか、顔認証はどのアプリで登録するのか、手持ちのカードで乗れる区間はどこまでか。便利になったはずなのに、選択肢が増えたぶんだけ最初の一歩に迷う。高齢の利用者ほどその負荷は重い。技術が進むほど、案内やデザインの仕事が果たす役割は増えていくのだと思う。
それでも、久しぶりに降りた駅の景色が別物になっている驚きは、悪いものではない。足元に矢印が浮かぶ改札前を想像すると、少し先が楽しみになる。
(広報担当)
